願いはいくつ書けばいい?(そしてなぜ100なのか)
「願いを書いてみましょう」と言われても、数が決まっていないと、なんだか手が止まります。3つ書いて満足してしまうか、逆にプレッシャーで一つも書けないか。そこで役立つのが「数を決める」ことです。なかでも100という数には、ちゃんとした理由があります。
数を決めると、なぜ書きやすいのか
「好きなだけ書いていい」という自由は、ときに人を固まらせます。どこまで書けばいいのか分からず、最初の数個で「まあ、こんなものか」と手を止めてしまうからです。
数を決めると、ゴールが見えます。「100書く」と決めれば、3つや5つで止まる言い訳がなくなります。少し多すぎるくらいの目標が、いつもの自分のブレーキを外し、思いがけないところまで連れていってくれます。
なぜ100なのか——量が内なる編集者を黙らせる
私たちの中には、書く前から願いを選別する「内なる編集者」がいます。「これは無理」「これは子どもっぽい」「これは言うべきじゃない」。少ない数なら、この編集者は元気いっぱい働き続けます。
ところが100も書こうとすると、編集者はだんだん疲れてきます。チェックが追いつかなくなり、ガードがゆるむのです。そのゆるんだ隙間から、これまで押し込められていた、小さくて本物の願いがこぼれ出してきます。100という数の本当の狙いは、ここにあります。
最初の20〜30は、たいてい借りもの
書きはじめの願いは、すらすら出てくる代わりに、どこか見覚えのあるものばかりです。お金、健康、旅行、いい関係。どれも悪くはありませんが、まわりから受け取った「望むべきもの」のテンプレートであることが多いのです。
だから最初の20〜30個で止めてしまうと、本当のあなたにはなかなかたどり着けません。テンプレートを一通り吐き出したあと、「もう書くことがない」と感じたそこからが、実は本番です。
量か、質か
「数より質が大事では?」という疑問は、もっともです。でも、この100の願いに関しては、量がそのまま質を生みます。
たくさん書こうとするからこそ、ありきたりな願いを通り抜け、奥に隠れた本物にたどり着けるのです。最初から「いい願いだけ」を書こうとすると、結局は当たり障りのないものしか出てきません。まず量を出す。質は、その先で自然に立ち現れます。
一気にではなく、何回かに分けて
100という数を聞くと、一度に書き上げなければと思うかもしれません。でも、そうではありません。むしろ、何回かに分けて書くほうがうまくいきます。
一度に20〜30書いたら、いったん閉じる。数日して戻ってくると、頭が勝手に温めていた新しい願いが浮かんでいます。散歩中や寝る前にふと出てくることもあります。急がず、何度かのセッションに分けて。100は、そうやって少しずつ埋まっていきます。
Psyquoiaがお手伝いできること
Psyquoiaは、100の願いを、何回かのセッションに分けてゆっくり書きためていくための無料でプライベートな場所です。あなたのリストは暗号化され、見られるのはあなただけ。いつでも開いて書き足せるので、一気に仕上げる必要はありません。引き寄せも、宇宙も関係ありません——あるのは、あなたと、あなたが本当に欲しいものだけです。
